ゼネコン大手の営業益が、バブル後水準の22年前に戻ったという事。
大手4社に非上場の竹中を加えて、ゼネコンベスト5です。
丸八不動産のアートフォルムは、
・松城が、15戸 竹中 2002年
・田町が、39戸 大林 2006年
なぜ大手5社の内、2社までもが
丸八不動産の、こんな戸数の小さなアートフォルムマンションを受注したのでしょうか?
建設業界に詳しい方であれば、「実に不思議」 と思うはずです。
私は、大林と竹中を下請けにして、マンション建設を発注して、仕事をしました。
これ、私のサラリーマン人生の中での上位ランクのビッグイベントでした。
楽しかった!!
嬉しかった!!
販売は苦労しましたが・・・・・。
私は以前、売上3000億円の一部上場ディベロッパーの所長を経験して、
マンションプロジェクトを10年間続けていましたが、
その時は、浜松市内の大手ゼネコン、静岡県内の大手ゼネコンでした。
普通、大林、竹中は、浜松の売上40~50億円企業の仕事はやりません!!
では、何故?
おそらく、「アートフォルムマンション」 に対して 「価値」 を見つけ出していたのでしょう。
事実、アートフォルム松城俊工時には、竹中の役員が物件を見て
「浜松に、こんなマンションを創るディベロッパーがいたのかぁ」 と感心していました。
大林が作ったアートフォルム田町の田町サロンは、
東京から国交省の役人が来場し、この空間を見て、驚いていました。
「浜松に、こんな文化度の高い企業があるのかぁ~」
田町サロン右側にあるのは、ナガレバチ
当然、竹中、大林は、「流政之」 の存在は知っていました。
流作品は、下記の建築物に展示されています。
1960年 ニューヨーク近代美術館 「受」
1972年 日本IBM 本社ロビー(東京) 「タンマ」
1972年 東洋紡 本社ロビー(大坂) 「恋の緑」
1972年 朝日新聞社本社 「風雲100年」
1973年 大林組 本社(大坂) 「とおりゃんせ」
1973年 三和銀行(東京) 「風の石笛」
1975年 ニューヨーク貿易センタービル(アメリカ) 「雲の砦」
1980年 警視庁(東京) 「おおいなる明日」
1989年 特許庁(東京) 「叡智の微笑み」
1989年 野村證券(東京) 「おきばりやす」
1991年 田辺製薬(東京) 「天命拓新」
1992年 INAX本社(常滑) 「マッテチョ」
1993年 モービル石油本社(アメリカバージニア州) 「ながれもん三度笠」
1994年 大丸(京都) 「はんなり地蔵」
1996年 鹿児島県庁 「大いなる巨人」
1997年 関西テレビ(大坂) 「イケイケ」
1997年 ナゴヤドーム 「八福」
2001年 JR高松駅 「だいてんまい」
2003年 JR函館駅 「きのうの敵はあすの友」
2006年 JR札幌タワー 「ピリカ」
2006年 田町サロン(浜松) 「ASOBAMAIKA」
→ 2015年ビオラ田町へ移動
2008年 JR浜松駅 「MATAKITA LA」
そう!!
大林組の本社にも・・・
大林組が創ってくれた、田町サロンには 「流作品」
これから語り続がれる
「アートフォルム物語」 の1つです。
次の世代に、しっかり伝えたい!!
4月20日
大林組が、最高益を出した記事にちなんで、この記事をアップしました。
この 「物語」 結構すごいんですョ!!